NIKE DUNK LOW (MICHIGAN) 歴代復刻比較

TEXT by Koji UEDA (Alternate Sneakers)

先日(4月28日)発売されたNIKE DUNK LOW RETRO(MICHIGAN)ですが、最初のアナウンスでは4月16日発売、後に4月24日(多分、これはSNKRSの表示ミス)と予定が遅れに遅れました。その理由は新型コロナウイルスによるものなのか?ナイキジャパンへの入庫が複数回になった為か?他のモデルの発売日との兼ね合いを考慮してなのか?それとも全く違う何らかの理由あってのことなのか?は定かではありませんが、兎にも角にも無事リリースされたことはユーザーとして嬉しく思うと共に…比較的、足数があって手に入れることが出来た方もそれなりにいらっしゃるみたいで何よりです。

そこで今回はNIKE DUNK LOW 紺黄(MICHIGAN)復刻のことを少し振り返りたいと思います。

初復刻は1999年8月、事実上の初代CO.JPである裏ダンクのひとつとしてリリースされました。裏ダンクと表ダンクのことをご説明すると…裏ダンクはアッパーベースとオーバーレイのカラーを反転させたものという理解で間違いありませんが、ひとつだけ例外があります。
オーバーレイがイエロー、アッパーベースがネイビーのNIKE DUNK LOWも裏ダンクですが、オーバーレイがネイビー、アッパーベースがイエローのバージョンも裏ダンクに分類されます。
理由はクイックストライクラインでデリバリーされたものを表ダンク、シティアタックラインでデリバリーされたものを裏ダンクとナイキジャパンが位置付けていて、故にシティアタックとしてカテゴライズされていたオーバーレイがネイビー、アッパーベースがイエローのNIKE DUNK LOWも裏ダンクということになります。

※余談ですが、1999年当時…左右非対称カラーでスニーカーを履くことを「裏履き」と言っていた背景があり、それに因んで?反転カラーを裏と表現することになったと聞いています。この方式を取り入れると…昨今、左右非対称で履くことを馬鹿履きと称されているので、裏ダンクはさしずめ馬鹿ダンクということになります(苦笑)。馬鹿履きっていつ誰が言い出しのでしょうね?

ご存知の通りNIKE DUNK LOW 紺黄(MICHIGAN)のオリジナルは1985年に登場。

オリジナルから14年の時を経て、1999年に初復刻を果たしたわけですが、2000年10月下旬に製造年月が違うバージョンが突如としてNIKE FACTORY STOREで販売(この経緯についてはatmos media内のコラムAlternate Sneakers+にある「NIKE DUNKの変遷」をご参照ください)され、更に2002年8月末には4型の裏ダンクが再販され…その中に紺黄(MICHIGAN)ローカットが含まれていました。
言い換えると、NIKE DUNK LOW 紺黄(MICHIGAN)の復刻は1999年、2000年、2002年と今回の2021年の計4バージョンあるということになります(※2019年のOFF-WHITEとのコラボNIKE DUNK LOW LTHR/OW | CT0856-700は赤いレースや結束バンドの様なプラスティックタグでデコレーションされていてレギュラー仕様とは異なるのでここでは省きます)。

1999年8月発売
管理ナンバー 990507(1999年5月〜7月に製造)

2000年10月発売
管理ナンバー 991012 (1999年10月〜12月に製造)
製造時期から1年経ってから(アウトレットで)発売ということは異例で、この間…どう処分するのか当時のナイキジャパンが苦慮していた大人の事情が読み取れます。

2002年8月末発売
管理ナンバー 020608 (2002年6月〜8月に製造)

2021年4月発売
管理ナンバー 11/11/20 12/28/20(この意味を公にすると叱られそう?なので割愛します 苦笑)

最後に今回の復刻と過去の復刻との違いを画像にてご確認下さい。
一目瞭然で分かる違いは、昨年のハイカット同様…イエロー部分に赤みが少なく薄い色合いになっていることとヒールガードのNIKEロゴが型押しプリントではなく刺繍で表現されているところです。他にもシュータンの材質、インソールのロゴカラー、シューレースに違いが見られます。

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