スニーカーが増えるとスニーカー本も増えるのです!

TEXT by Koji UEDA(Alternate Sneakers)

出版されるもの全てではないのですが、1996年頃から書店で見つけると何も考えず半ば事務的に購入する癖がついてしまっているスニーカー関連本。
他に95年頃からBoonやGETON!、Cool Trance等の月刊ファッション誌もスニーカーが特集されていると迷わずレジに持って行くのが習慣化していました。特にサイトを始めた同じ年に創刊されたStreet Jackは毎月欠かさずに購入し続けていましたが、置き場所の問題と重量が半端なくて、家族から今に床が抜けるよと冗談混じりに叱責されていたので、10数年前に月刊誌系は極一部を除いてまとめて捨ててしまいました。

2000年頃のことです。
原宿へも上野へも山手線を使えば15分前後で行けるからという理由で、出張時には大塚駅前にあるビジネスホテルをよく利用していました。
4月だったか5月だったか、はっきり覚えていないのですが…前日に出張での仕事が終わり、その日中に帰ればいいという日の朝、当時…大阪・江坂にあったFun Keyという並行店のオーナーさんから携帯に電話があり「東京にいるならこれからStreet Jackの編集部に行くから一緒にどう?」とお誘いを受け「今、東京の何処にいるの?」と聞かれたので大塚だと伝えると、なんと偶然にもStreet Jackを発行するKKワールドフォトプレスさんの最寄駅(当時)が大塚だというので迷わずご一緒させてもらうことにしたのです。

2003年頃にオーナーさんが体調を崩されて閉店してしまいましたが、あの世界に数足しかないといわれている
オリジナルのAIR JORDAN 1 ブラックパテント(黒金)を日本に持ち込んだのが、このFun Keyさんなのです。

それまで仕事でいくつかの出版社に行った経験があるので緊張はしなかったのですが、愛読誌の編集部ですから、ワクワクしながらついて行ったわけです。
その日にStreet JackのI編集長を紹介していただきました。
以降、出張の際にI編集長さんにお時間をいただき、宿泊しているホテルの階下で営業しているファミリーレストランで何度か食事を重ね、その中でチヨダのT.S氏やスタイリストさんとのご縁も始まりました。

1999年の夏前だったと思います。mita sneakersのスタッフさんにとある展示会(何の展示会だったか覚えていない 苦笑)に連れて行ってもらった際、たまたまそこに来場されていた本明社長を「チャプターをやってる人だよ」と紹介してもらったのが始まりです。もしその展示会場に到着する時間が少し早かったり遅かったりしていたら、その時に本明さんに会うこともなく、阿久津さんやこのatmos Universityで執筆されているatmos初代店長の今井さんもとのご縁がなかったかも知れません。

私の場合、何か思惑をもってスニーカー関係の人と会うことは殆どなく、偶然とたまたまが重なり、ふわっと(笑)その流れのままに過ごして来ただけなのですが、幸運にも次々に良い出会いに恵まれたのだと思います。

脱線してしまいましたが先に述べた様に何かの思惑を抱いて人と会うことがないのと似ていますが、私は自ら進んで目立つ行為は可能な限り避けて来ました。それは単に苦手だということもあるのですが、あくまで主役はスニーカーであって、自分は主役ではないというサイトを続けるにあたっての大袈裟ですがポリシーみたいなものが、うまく言えませんが根っこの部分に
あるからなんです。
長く私のサイトを見てくださっている方にはお分かりいただけると思いますが、私は自分のキャラを出さないように努めて来ました。
Instagramではその反動(笑)だったりする?のは、ここだけの話です。

そんな私でも過去にStreet Jackや姉妹誌にあたるスニーカーJackに数回登場したことがあるのですが、それも両誌の編集長だったI氏からのご依頼があったからなんです。
依頼といえば聞こえはいいのですが、中でも印象に残っているのはI編集長が何人かの関係者を掲載するページを進められていて急にお1人が掲載NGになってしまい「このままだと締切りに間に合わなくなるので代わりに出てくんない?」というので「あっ^^;…わ、わかりました(苦笑)」という具合にお引き受けしたというのが真相です。
他にも何誌かに掲載していただいたことがあるのですが…自分が載ってるページは一度チラ見した後は見ることはないので、覚えてなかったりします(笑)。

自分自身が載っているものの他にCool Tranceの別冊ムック本にはスタイリストさんとのご縁で所有しているスニーカーを撮影の為にお貸ししたり、サイトを通じて知り合った方が朝日新聞の出版部門の方でコンピューター雑誌に掲載していただいたこともありました。
そして、今でもシリーズが続いているスニーカーファンブックの編集をしているH.S氏は、1996年から1997年にかけて夜な夜なパソコンに向かってスニーカーの情報交換をしていたチャット仲間の1人でもあります。

早い話、私は自ら前に出て土足で踏み込むことをしないので…何だかよく分からないけど利もなければ害もなさそうだと思われていて、だからこそ多方面の方々と長くお付き合いいただけているのだと思っています。

話がとっ散らかってしまったので、そろそろ無理やりまとめます。
スニーカーが好きな方にとってスニーカーを特集した書籍は辞書の様な貴重なものだと思います。SNSのフォロワーさん達の間では愛情を込めてスニーカー本のことをエロ本と比喩されています(笑)。
ここ数年にスニーカーが好きになった人の中には古書店を周り昔のムック本や雑誌を探す人も増えていると聞きます。
そういう意味では、atmos magのバックナンバーも絶対残しておくべきだと思います。

今やウェブで最新情報をリアルタイムに入手出来ますが、勘違いし間違った内容のものも数多あります。更にウェブ上のものはいつ消えてなくなるか分かりません。この件についてはまた改めて書きますが、紙媒体は大切に保管すれば10年、20年、30年先になっても手元に残すことが出来る貴重な情報源なのです。

齢を重ねると物事を斜めに見る悪い癖がついてしまい、スニーカー人気によって新たに発売されるスニーカー関連本の中には「スニーカーにあまり明るくない人が担当してるなぁ」と購入を見送るものも正直あります。
でも、スニーカーそのものに人気がなくなると関連本も出なくなるので、今は書店に足を運ぶ楽しみがあることを素直に喜び、これからもスニーカーの蔵書を増やしていきたいと思っています。

Related Article List