
new balance MT580
TEXT by Koji UEDA ( Alternate Sneakers )
11月1日にnew balance MT580 OG2が発売されたという事でMT580にまつわる思い出を少し書きたいと思います。
1996年に登場したMT580のオリジナルはスニーカーブームの最中にあっても目を見張る様なセールスには至らなかったという印象でした。1998年だったか1999年にnew balanceとの関係が深く販売力のあるmita sneakersさんがnew balanceに残った在庫を特価で大量(全部じゃなかったかな?)に仕入れ1万円未満で売られていました。同時期にDJ MUROさんが履かれているのを見てHECTICの真柄さんやYOPPI(江川)さんがロックオン。mita sneakersさんでセール中だったMT580をごっそり買って行かれたというところからnew balanceとスニーカーショップ、そしてストリートブランドとの今や伝説になったと言っても過言ではないmita sneakers×HECTIC MT580シリーズの誕生へと繋がる訳ですが、第1弾が発売される以前の1年程の期間の事は私が語る範疇ではないと思うので、ここでは割愛します。
※因みにスニーカー界でYOPPIといえばatmos PRの可愛い女子YOPPIちゃんを想起する方が多いと思いますが…私の様な者にとってYOPPIといえば江川芳文さんなのです。

mita sneakers×HECTIC MT580の第1弾が2色展開でリリースされたのは2000年の12月。取扱いはmita sneakersとrealmad HECTICの店頭のみという時代です。
足数は各254足(だったと記憶しています。誤差があっても2足〜4足)。なんでも当時のnew balanceの製造ロット数の基本が1008足とか2016足とかで、その4分の1あるいは8分の1で異例的?に製作された超少量モデルでした。
※この第1弾は1996年にインラインで発売されていたものと同じカラーリングが採用されています。
第2弾が発売されたのは2001年の9月。
足数もグッと増えて各2000足以上はあったのではないでしょうか。
第1弾が極少だった事も要因のひとつではあるものの現在とは桁違いのストリートファッション人気を背景にその加熱ぶりは期待を大きく上回るものでした。同年4月から5月にかけて登場したatmos提案カラーのAIR FORCE 1とNIKE DUNK LOWと共にMT580はスニーカー冬の時代の終わりを実感させる日本のスニーカー史を語る上で欠かせない存在になって行きます。

実はこの第2弾は個人的にも思い入れが強いんです。というのも当時、ネット環境が整っていなかったmita sneakersさんから店頭販売分以外の通販分の受付けを私のサイト「Alternate Sneakers/略称オルスニ」でやってもらえないかとのご依頼をいただき、それをサイト上で告知してメールで受付けしたんです。
その頃、仕事から帰宅するのが毎日20時過ぎだったので21時からの受付開始にしていたのですが、メールソフトを立ち上げた瞬間、既に2500通を超える申し込みがあり、慌てて完売表示にしたもののその僅かな間にも1000通近くのメールが届いたのです。この時代の3500通の申し込みはネット環境とスマホが普及した今なら10倍、或いはそれ以上の勢いだったのは間違いありません。
それ程、mita sneakers×HECTICのMT580が日本のスニーカーシーンに与えたインパクトは絶大でした。
第2弾の熱が醒めない2001年12月に発売された第3弾もオルスニでウェブ通販分の受付をしたのですが、第2弾での教訓を生かして抽選に変更しました。
この時代はまだ店頭販売が主流で、ウェブ通販用に割り振られた足数は第2弾も第3弾も各色約100足でした。
余談になりますが、そんな状況が水面下に存在する事をあまり意識せず、私はいただいていた市販品とは一部分異なるサンプルを普通に履いていたんです。市販品の発売前だったせいもあるのでしょうが、金沢の竪町にあった裏原系ショップを何軒か見てまわっていたら、全く面識がないにも関わらず数軒のショップスタッフさんがおもむろに会釈してくれたので、反射的に会釈を返し…金沢のお店の方々って愛想いいんだなぁと思っていたんです。ですが、原因は話題のMT580をサンプルとはいえ発売前に履いていたからだと、後になって気付きました。きっと関係者の偉い人だと誤解されたんだと思います。全然、関係者でも、ましてや偉くもないのにです(笑)。その時のショップスタッフだった皆様、ごめんなさい。
尚、第3弾は更に足数が増え各3000足以上になっていたと記憶しています。
それでも昨今のナイキさんのモデルに比べると数分の1から10数分の1。供給過多になり、使用されないままの…いわゆる市場在庫がどれくらいあるのか?考えれば考える程、恐ろしい。


話が逸れてしまいましたので、元に戻します。
2002年の春だったと思います。第4弾の企画段階だったと思うのですが…次作以降の候補となるMT580の絵型(カラーコピー)をnew balanceの部長(当時)さんに見せていただきました。実はその中にSTUSSYで発売されたAIR HUARACHEのカラーを再現したものがあったんです。流石、元ナイキジャパンにいた方…やる事が大胆不適ならぬ大胆素敵。しかしその時は、余りにも狙った感が過ぎるという事で却下されましたが…1年後の2003年4月にHECTIC×STUSSYコラボで発売されたのが、その絵型にあったHUARACHEカラーのMT580だったんです。きっと、諦め切れずに水面下で根回しがあったんでしょうね。
因みに前出の部長さんにMTは何の略ですか?と質問したところ「Mountain Trail」と教えてくださいました。

その後、mita sneakersさんは店頭抽選だけでなくウェブ抽選も自社でされる様になり、シリーズは2010年の第20弾まで続き、合計37モデルをリリース。
更に2010年にはmita sneakers×HECTIC MT580の10周年を記念し、第1弾から第3弾までの計6モデルが復刻されました。







そしてnew balance MT580は他にもUNDEFEATEDを始めとする数々のブランドとのコラボを重ね、日本のスニーカー史に残る名作となりました。




異色のコラボレーションとして記憶に残るのは MT580TN 。これは、2002年12月に日本を代表するドラマー沼澤尚氏とのコラボレーションで new balance TOKYO、new balance OSAKA と東京、大阪の有名楽器店で発売されました。

今回、MT580の原型となったM585のオリジナルカラーを採用したnew balance MT580 OG2が登場した事で、個人的な思い出ではありますが、その一部をコラムとしてが書かせていただきました。
下のランダムに並べた画像は現在私の手元に残るmita×HECTIC MT580の市販版とサンプルです。MT580もやはり加水するので処分したり人に譲ったりしたので、20足ほどですが…新たに撮影したのでご覧ください。
※一部同じカラーがあるのは、10周年の復刻が含まれているからです。





















new balance MT580 OG2。atmos、mita sneakers、new balance公式オンラインにて発売中。価格18,700円(税込)。

購入して久々にMT580を履こうかな…。
