スニーカブームの正体?

TEXT by Koji UEDA ( Alternate Sneakers )

最近、多方面でスニーカー(ナイキ)の人気が落ちて来た、ブーム終焉の兆しが見えて来たと囁かれる様になりました。
直近でいえば、OFF-WHITE™️ DUNK THE 50の大量販売、かつてのAIR JORDAN 1 RETRO HIGH OG FRAGMENTの勢いとは雲泥の差とななりリストックを繰り返すNIKE DUNK HIGH FRAGMENT、これまでなら即完したであろうAIR JORDAN 1 RETRO HIGH OG POLLENの緩やかな動向などを見る限り、誰しもがそう感じざるを得ないのは事実です。

この他にもブーム終焉の兆しでは?とされる様々な要因が存在しますが、ここではその中からいくつかを短く項目毎にまとめてみることにします。

ユーザーの経済的な疲弊
例えば、随分前に知合いと話した時の内容です。
「今の若い子ってお金持ってますよね。毎週の様にスニーカーが買えるんだから」と言うと
「そんなことないですよ。前回買ったスニーカーの引落とし日が来る前にクレジットカードで新しいスニーカーを買ってそれを直ぐに転売し現金化して支払いに回す。それを繰り返している人が結構な数いますから」と聞かされました。
さらに「スニーカーをたくさん買ってる割にはドレスコードを持っていない人が多いのはそういうことなんですよ」と…。
常態化したリリースラッシュによってユーザーに経済的な限界が近づきつつあるひとつの事例なのだと思います。

限定の飽和
限定で販路も限られているから足数が少ない!ということに目を奪われがちですが…例えば過去5年間にAIR JORDAN 1が何種類発売されたのでしょう?実際に数えたわけではないのでいい加減なことは言えませんが、少なくとも数十万足は市場に存在しているはずです。
確かに1カラー毎は数千足程度でレアなのかも知れません。ですが、同タイプという括りをした時にレアどころか飽和状態になっている。それを意識的にではなく、肌感で認識し始めているユーザーが増えつつあるという現状が今なのかも知れません。

コラボレーションの定番化
2000年代初頭のコラボレーションモデルはセンセーショナルな存在でした。
そして、そのコラボレーションが短期間に繰り返されることが少なく、更に言えば次があるのかないのかが分からなかったのも特別感を押し上げた理由でした。
それが今はやたらあちこちとコラボレーションを行い、中には数ヶ月おきに発売されるというコラボレーション自体が定番化しているので、驚きも感動も初期の頃と比べると少なく、他の限定モデルと変わらない存在になりつつあります。

リリースラッシュの先にあるもの
人は慣れます。そして飽きます。
慣れさせない様に、飽きさせない様に…ナイキはあの手この手を駆使し、1ヶ月に20日は何らかの発売日が設定されています。
このリリースラッシュはユーザーに買うか買わないかの冷静な判断をさせない役割も果たしているのでは?と思うことがあります。
その頻度の高さは前月に何が発売されたのかが分からなくなることすらあります。
そして、1モデル毎の記憶が深く刻まれる前に次から次へと発売が続くので、せっかく手に入れたスニーカーへの思い入れが希薄になります。
この現状はいずれどこかでクールダウンさせないと、いつかパンと何かが弾けて何も売れなくなるスニーカー氷河期が来ないとも限りません。

マスメディアに取り上げられる背景に隠れているもの
ある方がテレビや新聞で投資目的のマネーゲームだと取り上げられる様になった時点で、ブームのピークは既に終わり始めているのだと仰っていました。これはある意味、言い得て妙なのかも。

リセール価格の低迷
転売ブームとも揶揄される現在のスニーカー人気を牽引した二次流通におけるリセール価格の低迷が一次流通での消化率の鈍化に拍車をかけている様にも思われます。
逆にスニーカー人気に翳が見えて来たのでリセール価格が低迷し始めたともいえます。
まるで鶏が先か卵か先かの問答の様なことを申し上げますが、きっと両方が複雑に絡み合って同時に起こっていのだと思います。

転売ブームとユーザー心理
スニーカーに限らず、ゲーム機や人気アニメの関連グッズをはじめ、コロナ禍初期の不織布マスク等の品薄や抽選販売が実施される限定品を定価で仕入れ、高値をつけて売る転売ヤーと呼ばれる人々を否定するつもりはありません。
その理由は、一旦金銭を支払い所有権を得た物をどうするかは自由であり、他人がとやかく言うことではないからです(唯一問われるとすればモラルの問題だけでしょうね)。
更に転売ヤーと呼ばれる人だけでなく、一般のユーザーも時と場合によっては転売をし利鞘を稼ぐのが今や当たり前の時代になっています。
リテーラーでの正規販売価格よりリセール価格が数倍になる場合、直ぐに転売することはなくても、いずれ支払いに困った時に現金化出来るという安心感があるので、さほど欲しくなくてもとりあえず買っておこうという心理が働く。
このユーザー心理がスニーカー人気を支えている柱のひとつの様に思います。

幻想から覚めた後
これまでナイキは需要と供給のバランスを意図的に崩し操作することでハイヒートなプロダクトを数多く作り出して来ました。そして、それを維持向上させるために手段をエスカレートさせて延命を図って来た様に見えます。
ですが、ブーム終焉か?と囁かれるのは、もしかするとそれもそろそろ限界を迎えつつあるからかも知れません。数の操作で仕組んだ幻想ビジネスの先にナイキがどの様な新たな一手を繰り出し、ブーム終焉?の空気感を打破するのか1ユーザーとしては楽しみでもあります。

スニーカーブームの正体?
90年代のブームは雑誌を情報源とし、ユーザーが自らの足で動き、ショップとのコミニケーションを繰り返すことによって湧き起こったボトムアップ的なブームでした。故に個人差、地域差が生まれそれが複雑に混じり合うことでカルチャーとなっていったのだと思います。
対して、現在は売り手であるメーカー(ナイキ)から発信されるものをSNSで共有、拡散。日本全国何処にいてもほぼ同等の情報を与え得られるトップダウン的な仕組まれたブームなのではないかと…。

メーカーのメーカーによるメーカーのためのブームではなく、ユーザーとリテーラーから湧き起こるユーザー主体のブームがいつかまた再燃して欲しいと願っています。

私も含めてユーザーは気楽?
ブームが去りスニーカーが売れなくなった時に最も大きなダメージを受けるのはメーカーとリテーラーです。
ユーザーの中には早くブームが終わってスニーカーが買いやすくなって欲しいと言う人がいます。私もそう思います。でも、ブームが終わると今の様なペースで買い続けるのか?と問われると首を傾げてしまいます。
私達ユーザーが毎月10足近く買っていたところが5足になり、3足になり…そして1足買うか買わないかになるだけで、生活に支障はありません。むしろ支障が減ります。
転売目的に大量にスニーカーを抱え込んでいる人は別ですが、何だかんだと言ってもユーザーはそういう点では気楽な立場なのです。

今回はスニーカー(転売)ブームの正体を探りながら迷走してしまい、とっ散らかったコラムになってしまった感が否めません。
最初に風呂敷を広げ過ぎて収集がつかなくなった典型ですね。
でも、私が現在のスニーカーシーンを見て感じたことや思ったことのいくつかを正直に書いたつもりです。なので勿論、賛否両論あると思いますが…このコラムを読んでいただいたことで、皆さんご自身が今の、そしてこれからのスニーカーシーンがどうなって行くのか?どうなって欲しいのかを各々で考え思いを巡らせていただけるきっかけになれば嬉しく思います。
そして2020年代前後のスニーカーブームがどの様なものであったのか?何が人気で何が売れなかったのかを正確に記憶に留め、10年後20年後にもしメーカーが自社サイトで歴史を改竄する様な情報を発信した際には、未来の若さユーザーが騙されない様にそれは嘘だと、正しい歴史はこうだと伝えていただきたいと思う次第です。

【最後に一言】
ブームが終わったとしても続いたとしても、そんなことは関係なく…私達1人1人がスニーカーを変わらず好きでさえいればそれでいい。

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