atoms SHINSAIBASHI 蟻と金平糖

中庭からエントランスに戻る階段を上っていた、風が強くビルの隙間風が冷たい雨粒を運んできている。5月の曇り空で、誰の記憶からも消えてしまいそうな肌寒い日だった。僕の教室は16階にあってとてもじゃないが階段で行こうとは思わないし、お昼終わりの混雑したエレベーターで体を押されるのも好きじゃない。

エントランスに戻る途中、屋外駐車場のベンチに腰かけている彼女を見つけた。長く黒い髪が、風にもてあそばれて首に巻き付いたり、意思を持った様に泳いでいる。「今日はもう授業はないの」彼女は顔を上げ僕を見た。本を読んでいたのかとこの時僕は気づいた。あっ、と小さな悲鳴をあげた彼女はすぐに薄く笑った。「飲む?」悪魔を見つけた修道女のように差し出した右手には、ラベルをはがしたワンカップ焼酎を持っていた、聖水ではない。「今はいいよ」今は、ゆっくりとコーヒー飲みたい気分だ。彼女が何らかのアルコールを持っているのはいつもだったし、何も驚きはしなかった。思えば出会う前からそうだと聞いていたし、初めて見た時も驚きはしなかったような気がする。

彼女と出会ったのは、些細な学生生活の日々の中で起きた。僕は彼女の噂を何回か聞いていたけれど、会うことはないだろうと考えていた。 それに、僕と話してくれる女の子は他にもいたし、それで充分だったから。

そして期待を裏切るようで悪いが、僕は彼女と出会った時の事をうまく覚えていない。その時分はイベントが多くて僕は毎日のように酔っていた。気づけば彼女と話していたし、彼女も酔っていた、僕ほどじゃなかったようだけど。僕はなぜあの時から、いろんなところに顔を出すようになったのだろう。

はたして僕はこの展開を期待していたのだろうか?

パステルカラーのラインが新しく、僕の目に留まる。レースで覆われたデザインがどこか懐かしくも感じた。彼女はいつもクラシックな服装をして、いつ見ても長袖を着ていた。レースとサテンのスカートが風に揺れている。

袖のレース部分から、アルコールで染まった彼女の手首が見えた。淡いピンクが僕を悩ます。「最初、どんな話したか覚えてる?」いや、あんまり「君の噂はよく聞くよって言ってた」それで?「期待通り?って聞いたの」たしか、どうだろうって答えた。「そう、それで、蟻は金平糖の話を聞いたら期待するだろうか?って」僕が?「そう」全く覚えてないよ、手に負えないって事かな。「そうじゃないでしょ」蟻はきっと君を探すだろう。

確かに、そうじゃない。僕は惹かれていく自分が、今の自分と変わってしまうようで怖かったんだ。酔っているほうが正直で、見透かされていた自分にも恥ずかしくなった。若さだけでは済まされない、自己の性格の破綻を見た。ビルの隙間から暖かさを隠した風が僕を撫でた、どこかで晴れ間がさしているだろう。コーヒーなんかより、ビールが飲みたかった。

「戻らなくていいの?」僕はいつのまにか彼女の隣に腰掛けて、彼女が読んでいた『沈黙』の表紙をじっと見つめていた。構わないよ、エレベーターはきっと混んでいるだろうから。

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