atmos SHINSAIBASHI 真夏のスクリーン

「別の世界で会おう、ネコになって」

これは僕の彼女がおやすみの後に決まって言うセリフ。なんかの映画の引用らしいんだけど、僕はその映画を見たことが無い。だから僕はいつも上手く返せないんだけれども、映画も寝る時のシーンなんだろうか、それさえ僕は知らない。

世界がこんな事になってから、彼女はずっと僕の家で映画を見ている。僕は幸いにも仕事があったし、日中はほとんどいなかった。僕も一緒に見たりするんだけれど途中で眠ってしまうか、見ていてもふしだらな事を考えてしまって、映画の内容を全くと言っていいほど覚えていない。しかし彼女は以前の生活と何ら変わりなく、朝にはコーヒーを飲んでいたし、夜はお酒を飲んでいた。決まった時間に起きてめったに夜更かしもせずに。僕だったらすぐに昼夜が逆転していただろう。

「そんなに映画好きだったの?」
「好きよ、でも今はそんなに外に出られないもの。だから今、見たかった映画を見てるの」窓の外では夏が騒いでいた。僕らは涼しい部屋に閉じ込められて、夏に気づかないフリをしてるみたいだ。
「海を見に行くこともダメかしら」
「それくらいは許されると思うよ、たとえダメでも僕と君は共犯者だ」
「奴に文句は言わせないって事ね」
「まあ...そうだけど、何かのセリフ?」僕は、僕が思っている以上に頼りない返事をした自分に少々嫌気がさして、すぐに話題を変えた自分にもため息が出る。

夕方から僕たちは海に出かけた。僕らの住んでいる街からは、しばらく電車に乗らなければ海は見れない。二人で電車に乗ると、この世界から逃げ出している気分になった、電車は橋を渡って知らない場所へと僕たちを運ぶ。わざと過ぎる電車の音や、嘘みたいに赤い夕陽が気になった。
僕はてっきり日中に行くものだと思っていたが、彼女は夜の海に行こうと言った。正直、夜の海は怖いし不安だったけれど、彼女がそう言うなら僕はうなずくしかない。何かあったら守らなくちゃと思うと、指先が冷たくなって胃がチクチクした。

思っていた以上に海岸線は長かった、奥の方は暗闇で見えなかったが、彼女はどんどん僕の手を引いて砂浜を進んでいく。
「このままずっと、歩いていたいね」振り返って彼女はそう言ったと思う。そうだねと返事をしたけれど、波の音でうまく聞き取れなかった。聞き取れなかった部分は砂の中に消えていっただろう。

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この時僕が履いていたのは 『HOKA ONEONE オラ リカバリー スライド 』長時間のランニングや過酷なトレーニングで疲れた足を休息させるために作られたサンダルだが、ワークアウトと無縁の僕には贅沢すぎる一足だと言えるだろう。その贅沢なサンダルをましてや砂浜の上で履いてしまっている、ガトーショコラにアイスを添えてベリーを数粒落としているくらい贅沢だ。考えてみれば臆病な僕に彼女がいることさえ。

彼女は急に足を止めて、どこの海岸にもある都合のいい流木を指さした。
「あそこに座ろう、なんだか終わりを見るのが怖くなっちゃって」終わりはこの砂浜の事だろうか、よく聞かないまま僕は都合のいい流木に腰かけた。
「本当はね、夏ってあんまり好きじゃないの。夏祭りに行っても海に行っても、どこに行っても人が多いし疲れちゃう。後、すぐに日に焼けるし」僕もだよ、そう呟いて砂を指でなぞった。砂には熱がこもっていて、眠る幼い子のような暖かさがある。なんだか今の世の中を突然不自由に感じて、思春期のような苛立ちに任せて言葉を続けてみた。
「僕が出来る事ならどんな事も叶えてあげたいけど、今はこれが精一杯」
「素敵なセリフをどうも」彼女はにっこり笑っていた。我ながらクサいセリフに恥ずかしくなる。

「あっ」と彼女は小さな悲鳴を上げて空を見上げる、つられて僕も顔を上げると重力を無視して、ひょろひょろとした光が空に浮かんでいた。光は静かに消えたと思ったら大きな光の輪になり、遅れて大きな爆発音が僕たちの耳にまで届いた。打ち上げ花火はそこから間髪入れずに、何発も夜空に上がって破裂して光の輪を描く。
「映画みたい」彼女はボソッと呟いて、でも映画じゃないと言った。映画だったらこのままエンドロールだろうけど、現実は続く、呆気にとられている内に花火は終わってしまった。
「今のシーン忘れないわ、あなたがカリオストロのセリフを言って、打ち上げ花火が上がる。このシーン」カリオストロ?

帰りの電車で花火が上がるのを知っていたかと聞かれたけど、知らないと答えた。上手い嘘も思いつかなかったし、実際に何も知らなかったのだから。
「帰ったら映画を見る?」「今日はもういい、充分。贅沢な夜でした」「良かった」「よく考えたら、家で映画を見るのなんて、とっても贅沢よね。好きな物飲んで、好きな時に食べて」「まあ、そうだね」

花火が終わってから彼女は何かを思い出したみたいで、僕の方を見て帰りましょうと言った。それからは僕の手を引いてずんずん駅へ、家路へと進んでいく。部屋について彼女は言った。

「やっぱりおうちが一番!」

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