atmos SHINSAIBASHI ’Pluto’

 少年の持っていたボストンバッグが爆発するのが、ひどくゆっくりと見えた。ほとんどスローモーションだったと言ってもいい。フットボールの試合中継でよく見るやつだ、

「それでは先ほどのプレーを振り返ってみましょう…」

画面の中で選手のプレーがゆっくりと再生され、スライディングに来る相手選手と転倒するプレイヤー…

 その時私には、少年の持っていたボストンバッグが8月の太陽みたいに煌めいたのが見えた。冷や汗をかき、重圧で嘔気を催していたような少年が、最後の瞬間に安堵感で微笑んだのも見えた。そして少年の体が一瞬ぐにゃりとひしゃげたところまで確認し、反射的に背を向けた。 熱風が私の頬をかすめるのと同時にふわりと体が浮き上がり、砂埃の中を4メートルほど吹き飛ばされた。体の自由が利かない状態で空中にいるときほど、無防備で心地よい瞬間はない。良きにつけ悪しきにつけ、出来ることなど何も無いからだ。私は引き延ばされた時間の中でゆっくりと心地よく空中を滑空して、もちろん着陸に失敗し、地面に叩きつけられ意識を失った。

 私が次に目を覚ましたのは病院のベッドの上で、目を開けた時にはなぜ自分がそこにいるのかを完璧に理解していた。 私はしくじったのだ。爆弾テロを止める、というのが私の任務であった。アジトを探り当て、実行日を割り出し、実行犯を拘束する。私はその殆どを完璧にこなした。今、このテロに協力した人間はすべて檻の中にいるはずだ。もちろん、あの少年を除いて。

強烈な脱力感に襲われ再び目を閉じる。しかし眼瞼にフラッシュバックするのは最後の瞬間の記憶ばかりだ。 何故か人通りの少ない裏路地で自爆した少年 。そしてその爆発の真っただ中で笑みを浮かべた少年。なぜ私は彼を止め損ねたのだろうか。 拘束するチャンスは幾度もあった。それでも、あの年端もいかない怯え切った少年には、自爆テロなど起こせるわけがないと思ったのだ。

「自分以外信じない奴は、一度ギリギリまで人を信じたはずだ。」

というボスの言葉を思い出す。 私はかぶりをふって、目を開いた。

見渡すとそこは内装もインテリアも真っ白な1人部屋で、辺りでは一切の物音が無く、静寂が幅を利かせていた。 私は一通り自分の体を点検し、ベッドの上に起き上がるとベッド脇のナースコールを押した。 しばらくすると

「ああ、目を覚ましたのかね」

と、口ひげの逞しい利発そうな医者が部屋にはいってくるなり口を開いた。

「私は… どのくらい気を失っていたのですか?」

「うむ、ざっと1日半というところだな。 あのような大事故に巻き込まれた中では怪我は奇跡的に少ないし、非常にラッキーだったと言える。回復状況も良好だ。 あるものは3時間で目を覚ますが、1か月かかるものもいるし、もちろん場合によっては2度と目を覚まさないこともある」 

 と彼はさらりと答えた。私が自分は、「非常にラッキーだった」とは到底思えず、返す言葉に詰まっていると彼はこう続けた。

「今回の事件では死傷者はでていないんだ― そんなに気落ちすることはない。もちろん数名の負傷者はだしてしまったが、君は本当によくやったのだよ。」

何故医者ともあろうものが、あの少年を死傷者のカウントにいれていないのかがわからなかった。 私は、再び返す言葉を失い黙りこんだ。 「 Speech is silver, silence is golden(雄弁は銀、沈黙は金なり」)とはよく言ったもので、私のそれはおそらく金メッキなのだろう。 それも剥げかけてきている。 

 黙って下を向く私を見て、その医者はため息をついて退出した。

もう2度と任務に就く気にはなれそうになかった。 そもそもその資格があるのかさえもわからない。少なくとも今回の事件で1人救えなかった人間がいることは明白だった。

私がそのまま汚れ1つ無いリノリウムの床を眺めていると、先ほどの医者が戻ってきて、ベッドの傍らに置いてあったパイプ椅子に腰かけるとこう言った。

「君が任務に失敗し、テロを阻止できなかったことは知っている。それでも君は前に進まなければなければならないんだ。 わかるかい?」

 

そうして彼がおもむろに手渡してきたのが、このシューズだ。 

【NIKE W ZOOM DOUBLE STUCKED 】

1度ダメだったのなら2度目にトライすればいい。

1枚のZOOM AIRで足らないなら2枚重ねるまでだ。 

 

可視化されたダブルスタックズームエアがセカンドチャンスを表現する。 

きっと私の戦いはまだ終わっていないのだろう。 

私はうなずいてシューズを受け取ると、ベッドから脚を下ろし、シューズに足を通してみた。

その靴は宇宙の中の冥王星のように、白い部屋の中でよく目立った。 

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