atmos SHINSAIBASHI カナリア、飛ぶ。

 前人未踏という言葉が昔から好きで、おかげで損ばかりしている。

僕がこうなってしまったのは結局のところ日本人の母とブラジル人の父を持つハーフで、しかも父は祖国で英雄と呼ばれている走高跳びの選手であることに起因する。 

僕が産まれる2年と3ヵ月4日前に開催されたオリンピックにおいて、父はブラジル人として走高跳びで初の金メダルを獲得した。 その偉大な実績もさることながら、その美しい跳躍姿は当時センセーショナルな話題を巻き起こし、また金メダルを獲った決勝での跳躍の際に、当時ブラジル国内で流行っていたポップ・ソングを口ずさみながら軽やかに最高位のバーを超えていく様を見たマスコミから、賞賛と敬意をこめて「カナリア」という愛称で呼ばれていた。 

そんな偉大なカナリアの息子である期待の「子カナリア」である僕へも当然周囲から大きな期待がかけられたが、今のところ僕には世界に堂々と差し出せるような才能はない。

周囲の期待に応えられず申し訳なく思うが、一方でよくある話だとも思っている。偉大過ぎる親と平凡な息子。チョコ・チップクッキーとブラックコーヒーのようなありふれた取り合わせだ。

 学生時代、クラスでは一番足は速かったが、学年で一番というわけではなく、棒高跳びにおいても当初から才気煥発であった父とは違い、これといって特別な結果は出なかった。 気を使って「君にも才能はあるよ」と声をかけてくる人もいたが、僕には分かっていた。 才能は沈黙しない。 俺はここだと声高に叫び、体の内側から突き破るような衝動をもたらすのだ。僕は本物の才能と一つ屋根の下で暮らしていたので、そんな事は幼い頃から分かっていた。 

しかし、悲哀を語るのであれば本番はここからで、肉体的資質こそ遺伝しなかったものの、僕が父より色濃く受け継いだのがその圧倒的な野心で、いつか絶対に何者かになる、自分の才能で世界に出ていくのだ、という理由のない確信があった。というより、18歳になった今でもある。 

しかし実直にいって、いまだ僕は自分の才能を見極める段階にすら至らず、その圧倒的な野心を完全に持て余していた。 「前人未踏の何か」 を探し続け、回り道や紆余曲折を経て何者にもなれなかった18年。目標が高すぎるが故に、ずいぶん無駄なことをしてきた気がする。 しかしまあ、これもよくある話だ。 そもそも無駄なことのない人生ってなんだ? と自問できるぐらいには大人になり、僕は高校を卒業し、大学生になろうとしていた。

 僕がそのシューズを見つけたのは大学に入学する前の春休みで、受験の重荷から解放され人生で最も気楽と言われる休暇期間を、どこか鬱屈した気持ちで過ごしていた時だった。

友達との待ち合わせに早く着き過ぎた僕が、だらだら商店街を散策していると、目に入ったのがこの一足だ。

【NIKE AIR FIGHT89】

まず目を引いたのがクリーンなこのディープグリーンとイエローの組み合わせ。

家に飾ってあるブラジル国旗とカナリアを連想させるこのカラーリングは、やはり条件反射で気になってしまう。 

思わず手に取り、じっくり見てみる。 男らしいデザインも僕好みだ。レザーの質感もパートごとに違っており、シンプルながら気が利いている。

 そしてこの「FLIGHT」 の文字。 なんでもこのシューズ、1989年に発売されたバスケットボールシューズらしく、オフェンシブなプレイヤー向けに開発された「FLIGHT」シリーズの一足らしい。 

 最大のポイントはあの有名なAIR JORDAN4と同じソールパーツを採用している点であるようだ。 

 

 その時、僕はこのシューズを履いていた、名もなきプレイヤー達に思いを馳せた。そして、ふと思った。

ひょっとしたら、自分は父のような、JORDANのような、スーパースターにはなれないかもしれない。 それでも、飛んでみるしかない。

気が付けばサイズを合わせて、レジにて会計を済まし、新しいシューズを手にしていた。

 

FLIGHT=飛行

僕がどこに飛べるのか、そしてこれからどこに向かうのか、それは未だにわからない。  それでも僕もカナリアである以上、飛ぶしかないのだ。 

 ‘Canary sempre voa lindamente‘(カナリアはいつも美しく飛ぶ)

あの日、父が口ずさんでいた曲を自分も口ずさみながら、不思議と僕の気持ちは前向きだった。 

 

 

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