
atmos SHINSAIBASHI 超危険!ナイフ男と不思議な美女
男は私がねじり上げた腕を力ずくで振りほどいた。私が距離を取って離れると、男の手には卑劣な人間が好みそうな、刃渡りの短い飛び出しナイフが握られていた。
「なんなんだ貴様、とっとと失せやがれ」
男が喉の奥からドスの利いた声で言った。大柄で顔も腕も毛むくじゃらな上に、生まれつきあるほくろみたいにしっかりと顔を赤くして酔っていた。リゾート地に必ずいる古典的なカス野郎だ。私はテレビで見ていた有名人に会ったかの様に一種感心しながらも落ち着いて答えた。
「痴話喧嘩に首をつっこむつもりはないが、私の周りで女を殴るのはやめてもらいたい。センチメンタルな夜が台無しになるんだ」
男が笑ったのが聞こえ、月明かりの中でそのナイフが怪しく光った。
「怪我する前にとっとと失せるんだな。このナイフが見えねえのか」
「ああ、はっきり見えてるとも。男と分かればすぐにナイフを振り回す君の小心さも、それと同じぐらいちゃちなナイフもな」
男は唸り声あげ、こちらに向かって突進してきた。そのまま腹に向かって地面を歩く鳩みたいにのろい突きを繰り出してきたので、身をかわして避けるとそのまま相手の手首をつかんでナイフを叩き落とした。 まだナイフを落としたことにも気付いていない男の足を払い、倒れた男の首元に奪ったナイフを当てがった。
「まだボクシングの方が勝負になったかもな。さっきのパンチの音は君のナイフほど悪くはなかった。」
男は目をきょろきょろさせながら数秒かけて状況を把握した。みるみるまに顔の赤みが引き、酔いが醒めて顔が青白くなっていった。まったくもって実に小心な男だ。
「なんなんだ、あんたは…」
「答えるに値しない男だ、それに今夜はもう少しこのままでいたいと思っている。 おまえはさっさと家に帰るんだな。」
私は首にあてがっていたナイフを離して男が自分で立ち上がるに任せた。 男は名残惜しそうに殴っていた女の方に一瞥をやったが、何も言わずに踵を返すとそのまますたすたと海岸線にそって歩いて行った。 その足取りは思ったよりもしっかりしていた。いい酔い覚ましをくれてやったようだった。
「ねえあなた、すごいのね。あいつがナイフを取り出したときにはどうなっちゃうのかと思ったけど」
声がしたほうを振り向くと、暗闇の中でもはっきりとわかるようなゴージャスなパステルブルーのワンピースを着たショートカットのブロンド女が、手櫛で髪を直しながら話しかけてきた。大男にパンチをもらった女にしてはずいぶん落ち着いていた。
「どうなっちゃうと思ったんだ?」 私は服についた砂浜をパタパタとはたきながら聞き返した。
「そうね… あなたそんなに大きくもないし、あいつかなり酔ってたからほんとに刺しちゃったりするんじゃないかと思ってひやひやしてたんだけど」
よく見ると意志の強そうな大きな目をした女であった。そしてその目の横が痣になって腫れているのが月明かりでわかった。
「君は…大丈夫なのか?」
「あたしは大丈夫よ、こんなのよくあることだから。 それよりもあなたボクシングでもやってるの? ねえ、よかったら私にも教えてほしいな。さっきみたいなことがあった時にも戦えるようにさ。 こんな風に―」
と暗闇の中でシャドーボクシングの真似事をやってみせたが、その様は私に1足のシューズを思い起こさせた。

[NIKE W AF1 SHADOW]
月明かりがパステルブルーのドレスを様々な色に照らし出した。 彼女の繰り出したワンツーは全くもって不細工な素人のそれであったが、ドレスアップした女性が、海沿いの月明かりの下でシャドーボクシングをしているというアンバランスさが不思議な流麗さを産み出していた。

定番の一足であるAF1を新しく解釈したように、私は見え方次第で同じ物でも全く違うように見えるということを今一度認識する。 一本のスウッシュにも様々な捉え方があり、そこに男らしさを見出すか、可愛らしさ、上品さを見出すのかは自分次第なのだ。
そんなことを私がふっと考えていると、彼女は楽しそうに繰り出していたワンツーの打ち終わりにバランスを崩してそのまま地面にどさりと倒れこんでしまった。
私が駆け寄って抱き起すと、どうにも目の焦点が合っていないようだった。おそらく殴られたダメージで脳震盪を起こしているのだろう。
「あれ?私なんだかぼんやりして―」
「しゃべらなくていい。 脳震盪を起こしているんだ。そのままじっとしているといい」
彼女はまた何か言いかけたが、口をつぐむと長い一日がやっと終わったかのようにゆっくりと目を閉じた。そのまま体の力がすっと抜けたので、どうやら眠ってしまったようだった。 私には知る由もないが、本当に長い一日だったのかもしれない。
私は彼女の持ち物から住所を探り出そうと考えたが、彼女はゴージャスなワンピースを着ているだけでカバン等は何も持っていなかった。(もちろんゴージャスなワンピースにはポケットなどついていない)私は今日何度目か分からないため息をついた。直感的に何かに巻き込まれていると感じたが、私は彼女を担ぎ上げると、そのままホテルの部屋まで引き返した。
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