
atmos SHINSAIBASHI グレービーソースの慕情
吉本隆明は
「たとえ市中の人混みにいようと、山の中でひとり心静かにいるような心持ちでいられたら、怖いものなど何もない。不思議なもので、人というのは雑踏の中でこそ孤独を感じやすい。 一人きりでいるときに感じる孤独よりも、はるかに深く。」
と言った。
人間の孤独を別にしても、世界では往々にしてこの様な現象が起こる。その昔、初めて氷に触れたメキシコの原住民たちは「熱い!」と叫び、回転する車輪は一定の速度を超えるとひどく遅く見える。 人混みが、交じり合えない深い孤独の集積だとするのであれば、その様はひどく哀しい。
そんな話をベッドで彼女にすると、ちょっと困ったような顔をしてこう言った。
「私にはよくわからないわ。私、孤独なんて感じた事ないもの」
彼女は晩夏の通り雨のように移り気でその割に愛嬌が良く、そして奇特な事にフランスの郷土料理に精通していた。「フランスに留学でもしていたの?」とおよそ日本的でない料理群を眺め僕が尋ねると、彼女は「いいえ」と少し哀しそうな声色で答えて、僕はそれ以上何も訊けなくなってしまった。
そもそも遠出の嫌いな彼女が日本から出た事があったのかすら、今となれば疑問だ。確認する術は、もうないけれど。
魚の煮つけは作れなかったが、彼女の作るグレービーソースは魚に本当によく合った。調律済みのピアノのように整然とした完璧な味付けであるにも関わらず、そのソースを食べると僕は時々ふっと不思議な気持ちになった。 完璧すぎるのだ。それに1つ余分な味つけが入っていた。憧れの味だ。
本物が良しにつけ悪しきにつけ優れているのは、何にも憧れていない事だ。
僕は今、本当にプレーンな一足を求める。そこになんの憧れも引け目も感じないような。

[ asics JAPAN L ]
このシューズの元型が、伝説的なグリップを持つ日本製のバッシュであることは知っていたが、僕は今全く違う角度でこのシューズを眺めている。もっと日常によりそう、魚の煮つけのような。

プラ素材のアシックスストライプが、新鮮なイメージを呼び起こす。これはこれで、僕は嫌いじゃない。
僕はひどく疲れていたのだ。彼女に振り回されることも、そんな彼女に恋をしてしまっている事も。プレーンを求めた結果、本当の意味でプレーンなものなど無いと気が付くことも。
僕に分かっているのは、あの夜孤独でないと言い張った彼女が、本当はとても孤独だったという事だ。
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